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霧島JCとは

霧島JCは日本で751番目に誕生した青年会議所となります。生誕28年を迎えますが、九州における青年会議所では比較的若い誕生であり、活力溢れる活動内容で自己研鑽と共に地域の活動を支えています。


青年会議所(JC)とは

青年会議所(JC)は「明るい豊かな社会」の実現を同じ理想とし、次代の担い手たる責任感をもった20歳から40歳までの指導者たらんとする青年の団体です。
青年は人種、国籍、性別、職業、宗教の別なく、自由な個人の意志により、その居住する各都市の青年会議所に入会できます。
60余年の歴史をもつ日本の青年会議所運動は、めざましい発展を続けておりますが、現在690余の都市に3万余名の会員を擁し、全国的運営の総合調整機関として日本青年会議所が東京にあります。
全世界に及ぶこの青年運動の中枢は国際青年会議所ですが、110カ所の国及び地域に94NOM(国家青年会議所)があり、約36余万人が国際的な連携をもって活動しています。
日本青年会議所の事業目標は、「社会と人間の開発」です。その具体的事業としてわれわれは市民社会の一員として、市民の共感を求め社会開発計画による日常活動を展開し、「自由」を基盤とした民主的集団指導能力の開発を押し進めています。

さらに日本の独立と民主主義を守り、自由経済体制の確立による豊かな社会を創りだすため、市民運動の先頭に立って進む団体、それが青年会議所です。

※JC:Junior Chamber

 

 

 

 

霧島JCに関して
 
創 立
1988年8月28日
社団法人 設立
1991年8月31日
名称変更
2005年10月1日
日本JC承認番号
No.751
理事長
坂口 崇介
正会員数
47名
特別会員数
93名
スポンサーJC
公益社団法人 鹿児島青年会議所
事務局
霧島市国分中央三丁目16-31
TEL 0995-47-3773
FAX 0995-47-4022
 
 
正副理事長会議
第2火曜日
理事会
第4火曜日
委員会
第1火曜日
例会
第3火曜日

 

歴代理事長

 

 

初代(1988)

若松高廣
第2代(1989)

赤塚恒久
第3代(1990)

山内和広
第4代(1991)

淵脇 伸
第5代(1992)

石塚孝志
第6代(1993)

松下正行
第7代(1994)

曽山純廣
第8代(1995)

稲留 隆
第9代(1996)

新富勇一
第10代(1997)

木野田寛
第11代(1998)

赤塚克己
第12代(1999)

浜田和直
第13代(2000)

池田 清
第14代(2001)

林 辰大
第15代(2002)

末廣浩二
第16代(2003)

今村公洋
第17代(2004)

伊達英史
第18代(2005)

森山知己
第19代(2006)

瀬戸口浩一
第20代(2007)

西 洋一郎

 

活動のあらまし

 

1988年8月28日
創立総会(チャーターメンバー70名 1市3町)
1988年10月22日
日本JC加入承認
1988年11月20日
承認証伝達式 青少年主張コンクール、講演会など開催
1989年度
JC運動元年とし、基本的活動の他、全体事業「トライあす・みらい'89」開催する。
1990年度
全体事業を引き継ぎながら、若者との対話をもとめてビーチバレー大会を開催、青少年の主張コンクールも引き継がれた。
1991年度
事業を引き継ぎながら、いち早く社団法人化を実現した。
1992年度
鹿児島ブロックコンベンションを主管、5周年の成果を地球環境問題への取り組みで示した。
1993年度
国分商工会青年部の夏祭りと合同で国分海浜公園にて一大イベントを開催。この年初めて、溝辺町より1名入会広域LMOを目指す第一歩と成る。100年に1度あるかないかの大水害に見舞われる。
1994年度
合併問題について、合併問題推進委員会と勉強会を開催、合併問題を考える第一歩となる。各種団体との連絡調整機関としてハブKHKFネットワークを発足させる。
1995年度
もったいない運動の推進ということで、今、大きな社会問題となっている環境問題をテーマに「地球市民フェスティバル」を開催した。また、(社)国分青年会議所設立以来、最大の21名会員拡大を達成した。1月17日、阪神淡路大震災に見舞われ波乱の幕明けとなった年であった。
1996年度
合併問題について、自治省振興課長、伊藤祐一郎氏を招き広域行政勉強会を開催した。200人を超える参加者に合併に対する関心の高さがうかがえた。合併問題を考える新たな一歩となった。
1997年度
合併推進の団体として住民に合併の意義を訴え1市11町の議員へのアンケートを行った。また、10周年祭を開催するとともに'98九州地区大会の主管ロムに決定、10年目にして100%例会を達成できた。
1998年度
九州地区大会98を主管し、77LOMキャラバンを行うなど積極的に取組み国分の地で地区大会を開催した。また、地区大会記念事業も開催し、合併問題についての市民アンケート調査も同時に行った。
1999年度
スローガンに「笑顔で心を伝え動こう!元気な地球市民」を掲げ、JCスクール'99、クリーン作戦'99セカンドネーム大賞そして地球市民の日(8月8日)にハートフルフェアーを開催し、地球へ「思いやりの心」の大切さを発信した。
2000年度
地域の力の源となるべく市民へ向けて「合併論・21世紀へのシナリオ」と題してフォーラムを実施し合併論を盛り上げる新たな第一歩をふみだした。また、内部ではペーパーレス会議を実施した。
2001年度
創立以来の活動テーマであった合併問題について、霧島・国分・隼人・福山において県内初めての住民発議の為の著名活動を行い、対象1市3町の各首長へ合併協議会設置の直接請求を実施した。
2002年度
創立15周年を迎え、15周年記念式典を行った。また記念事業としてミュージカル「パーフェクト・ファミリー!?」を大盛況のうちに上演した。子ども達によるホントの家族とはなにかを問いかけるミュージカルで立ち見もでるほどの公演だった。また、15周年式典ではLOM名称変更を発表。名称変更会議がスタートした。
2003年度
継続事業として定着してきたハートフルフェアを6月に開催。8月にはチャレンジin霧島としてキャンプを行い、青少年育成の充実を図った。また、11月例会では、1市6町(国分・隼人・福山・霧島・牧園・溝辺・横川)の商工会青年部の団体をまねいて、意見交換をメインプログラムとして開催。今後も、手をとりあって地域の発展に望むことを決意。
2004年度
4月には九州地区会長を迎え100%例会を達成。6月に6回回目となるハートフル・フェアを開催。7月に第30回ブロック会員大会を主管し、例年にない参加数となり盛大な大会となった。環境に関する講演や家族との触れ合いを深めた稲刈りなどを行い、11月の世界会議福岡大会へ副主管LOMとして参加。合併問題に対しても、1月の隼人町住民投票や11月の溝辺町住民投票など積極的に取り組み、新市霧島市まちづくりの基盤となった。
2005年度
県内第2の都市霧島市誕生に先駆け霧島青年会議所への名称変更を実施。この機をLOMの第2の創設と捉え、シニア会員のバックアップも受け30名の会員拡大を実現し、新しい青年会議所の誕生をキーワードに積極的な情報発信を行った。
地域の青年団体との共同事業を展開し、「霧島市わがまち探検隊」、新市誕生に際しては県内初となる「ローカルマニフェスト型公開討論会」を実施し、新しいまちに対しての責任団体であることを明確にした。
2006年度
名称変更後初めての年として、継続事業の継承に加え、あたらしいまちの未来のために、まちづくり事業として、「霧島提言書」への着手。ひとづくり事業として、初めて高校生向けに「自分発見塾」などを開催。
 

 

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